「…今日が何の日か、覚えているか?」

少し恥じらいながら、刹那が尋ねてきた。




「……え……?」

俺は、あわてて記憶を探った。

俺の誕生日……までにはまだ少しあるし、もちろん刹那のもまだだ。

付き合い始めた記念日?ファーストキス2周年?それとも……、建国記念日?

って言うか、日本の建国って、いつが基準だよ。ヒデヨシか?カマクラバクフか?ヤマト朝廷か……、じゃなくて。




今、2月だよな?

「……刹那、今日って何日?」

「2月14日だ。」












……しまった!

恋人たちの甘いイベントを忘れていただなんて……!



「ごめん、刹那。……俺、何も用意してない…。」

あー、やっちまったな……、と、自分で自分にがっかりしてしまう。

おそるおそる刹那の顔を伺うと、予想に反して刹那はとても満足そうに微笑んでいた。


細い両腕を広げ、俺の頭を包み込む。


「いいんだ、ロックオン。……俺にとっては、あんたが生きていてくれることが最高のプレゼントだ。」

「せ、刹那……。」









トレミーにいた頃と比べると、刹那はとてもよく喋るようになった。

離れ離れだった期間があまりに長く、あまりに辛かったせいか。

自分の気持ちや意思を、態度にではなく言葉にのせて、率直に表現するようになった。








「……あれだけ大きな怪我をしたんだ。瀕死だったあんたが目覚めて、今こんなに元気に笑ってくれている……。」


ギュッと抱え込まれ、刹那の薄い胸板に頭を押し付けられる。

「今、俺は幸せだと思う。」



トクン、トクン、といつもより少しだけ速い鼓動が聞こえてくる。

ひどく安心する。


「ありがとう、刹那。俺も、刹那のこと好きになれて、本当に幸せだよ。」

「……そうか。」


どちらともなく、また再び唇を寄せ合う。

微かに舌に薫る、焦げたチョコレートの苦み。





「ごちそうさま、刹那。」

ぷっくりとした薄桃色の唇を舐めあげる。

「俺、刹那に甘え過ぎかな。」

「そんなことない。独りで気負われるより、このほうがずっと嬉しい。」


唇への愛撫に身を震わせながら、か細い声で呟く。


「それに、ロックオン。この行事には対になるイベントがあるだろう?」

「ああ、ホワイトデーだろ。何か欲しいもの、ある?」



刹那からおねだりとは珍しいこともあるものだ。

俺はワクワクして刹那の顔を覗きこんだ。



「3月14日までに元気になって…」

「うん。それで?」

「…少しでも元気になって、俺にチョコレートスコーンの作り方を教えて欲しい。……忘れてしまったんだ。」


気恥ずかしそうにうつむいた刹那がどうしようもなく愛しくて。

俺は刹那の顔中にキスの雨を降らせた。


「ロッ、ロック!……くすぐったい…。」

「お前さんはホントどうしようもなく可愛いな。」


調子にのって車椅子から身を乗り出した為、重心がくずれた。

傾いた上半身を、あわてて刹那が支える。


「サンキュ。悪いな。………じゃあ来月までに立てるように、リハビリ頑張るとするか。」

「あまり無理をするな、ロックオン。あと一ヶ月もあるんだ。」


車椅子に座り直される。


「あんたはすぐにやり過ぎるから…。リハビリも少しずつしないと、キツくなるぞ。」

「分かったよ。心配してくれてありがとな。」


くしゃりと黒い猫っ毛をかき混ぜると、刹那はまたくすぐったそうに身をよじらせた。












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