刹那が寝室に戻ると、スー、スー、という安らかな寝息が聞こえた。

「……ロックオン………?」


試しに名前を呼んでみる。

返事はない。





……良かった……。


刹那はホッと胸を撫で下ろした。


まだロックオンは完治していないのに、その貴重な睡眠を妨げようとするなんて。
しかも、自分の性欲なんかで。

どうかしていた。

ロックオンが起きなくて、本当に良かった……。






濡らしたタオルでベトベトにこびりついた唾液を拭き取っていく。

心の中は、申し訳なさでいっぱいだ。

彼の胸板を拭き清め、鬱血痕だらけの首筋もぬぐおうとした時、ロックオンがビクッと反応した。

焦ってお湯ではなく水で濡らしてしまったタオルが冷たかったせいだろうか。

薄く目蓋が持ち上がる。



「すまない、ロックオン。起こしてしまったか?」

「……せつ…な……?」


トロンと潤んだ翡翠の瞳。
まだ半分夢の中に居るようだ。

「すぐに終わるから、寝ていていいぞ。」

「…ああ……。」


タオルを裏返して、丁寧に清めていく。

ヒヤッとするのだろうか。
ロックオンはタオルの冷たさに身をよじらせた。


「ごめん、冷たかったな。」

「………いや、それは良いんだけどさ…。」


だいぶ目がさめてしまったようだ。

布団から片腕を出して、前髪をかきあげる仕草が妙に様になっていて、刹那は思わずみとれた。
掠れた声がいつもより色っぽい。


「……俺、そんなに汗かいてた?」

「え………?」


ロックオンの、少し申し訳なさそうに細められた視線が、刹那の持つ濡らしたタオルを見つめる。


「ごめんな、刹那のほうこそ疲れているだろうに。拭いてくれてんだろ。」

「え? あ、いや、これは……、」


謝られると、余計に良心がいたむ。

だからと言って、まさか『あんたの胸にむしゃぶりついていました』なんて言えるわけがない。

勘違いしてくれているのなら好都合だ。


「あ、ああ。すごい寝汗だったんだ!」

「え? 俺、そんなに……?」

刹那は勢いよくうなずいた。


「ああ!それはもうぐっしょりとな。」

「……そう、か……。」


不自然なまでの刹那の力説に、ロックオンは多少面食らって身体を起こそうとした。

しかし、すぐさま刹那に阻まれる。


「だ、だめだ、ロック!今起きたら身体が冷えるだろ。」

「いや、でもさ……。そんなに汗ぐっしょりかいてんのなら、着替えようと思って。」

「っっ!?……だ、だめだ!」

今着替えなんかしたら、ロックオンは絶対に自分の胸や首筋のの鬱血痕に気づいてしまう!

今度は刹那が、本当に冷や汗でびっしょりになってしまった。


「お、俺がちゃんと拭いてやった!だから、今はまだ寝てろ!」

「……刹那?」


刹那の不自然な様子に、ロックオンは眉をひそめた。

自分の額にあてていた片手で、ペタペタとうなじや首筋に触れた。

自分がそんなに汗をかいた様子はない。



「……刹那、何か隠してない?」

「なっ、なんで……!?」

「なんとなく。……でも、俺に隠しごとなんて、刹那がするわけないよな?」

「っ…………。」


ニコ、と微笑むと、刹那は気まずそうに目をそらした。


「せーつな。おにーさんに隠しごとなんてできると思ってんのかー?」

「……………思ってない。」

「よしよし、いい子だ。怒んないから、正直に白状しちまいな。」


刹那はひどく気まずそうにうなずく。

ロックオンの身体を支えて、起き上がるのを手伝った。









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