3月3日から出していた拍手文です。 朝日が緑色のカーテンの隙間から射し込む。 シンと冷えた空気とは裏腹に、もうすっかり春の日の光だ。 その日、刹那はスッキリと目覚めた。 意識が浮上したその瞬間から分かっていた。 今日が、特別な日であることを。 この日のための準備はすべて出来ていた。 計画したメニューに必要な材料は全部買い揃え、下ごしらえも昨夜のうちに終わらせた。 特別に、ワインも買ってみた。銘柄はよく分からなかったので、酒屋の主人に選んでもらったのだが。 ケーキの材料も完璧。 練習は先週のうちに済ませてある。 あとは、焼き加減さえ気をつければ問題ないだろう。 ささやかながら、プレゼントも用意した。 着の身着のままで地球に降下した為に、ロックオンが持っていなかった手袋。 タンニン鞣し革の、最高級品だ。 刹那は、自分を抱き込んで眠る恋人を見つめた。 昨日もかなりハードなリハビリをしていたようだ。 最近のロックオンは、寝起きは悪いし寝つくのも早い。 その上、泥のようにぐっすり眠る。 時々、生きているのか死んでいるのか分からなくなるほどだ。 「そんなになるまで頑張らなくてもいいのに。」 刹那は、彼のチョコレート色の前髪をかき分けた。 眠っている時の表情は、ひどくあどけない。 25の誕生日を迎えたとは思えないほど幼く見える。 「おめでとう、ロックオン。」 まっしろな頬にキスをする。 まだ痩せてはいるが、2ヶ月前と比べるとずいぶんとふっくらしてきた。 一瞬 長いまつげがピクリと動いた。 が、また元通り伏せられた。 スー、と静かな寝息が鼻腔から洩れる。 「まだ寝ていていいから、放してくれ。」 長い腕でがっちりとホールドされたままでは、起き上がることすらできない。 刹那は、ロックオンの肩を軽く揺さぶった。 しかし、起きる気配はない。 「トレミーにいた時とは反対だな。」 刹那は苦笑した。 昔は、いつもロックオンが先に起きて、寝起きの悪い自分にいろいろと大人の悪戯を繰り広げていたものだ。 ふと、自分もやってみようかと思った。 だが、前回の失態もある。あんな恥ずかしい思いはもう十分だ。 キスくらいなら、大丈夫だろうか。 薄い唇に、自分のそれを押し当て、反応をみる。 「…ロック……。いい加減、起きてくれ。」 それでも、唇は緩く閉じられ、穏やかな寝息が鼻腔から洩れるだけ。 刹那は、その誰もが憧れるような高い鼻にも口づけた。 スッと通った鼻筋をなぞり、てっぺんの高いところを あむ、と噛んでみる。 跡が残らない程度にガジガジと甘噛みしていると、ふいに背中にまわっていた腕が自分の身体をグイッと持ち上げた。 突然のことに抵抗もできず、刹那はロックオンの身体の上に乗り上げてしまう。 「誰だい?いたずら好きなネズミ君は。」 まだ少し寝ぼけているのだろうか。 のんびりと間延びした甘ったるい声が、身体の下から聞こえてきた。 切れ長の目蓋がゆっくりと持ち上がる。 「ッ………ロック…!? …起きていたのか?」 「ああ。誰かさんがキスなんてするから。」 起きているならそうと言えばいいのに。 たちが悪い、と刹那がにらみつけると、ロックオンはクスクスと笑って刹那を抱きしめた。 「重いだろ、ロックオン。下ろしてくれ。」 刹那はロックオンの腕をほどこうともがくが、腕の力は強まるばかり。 両足がまだ不自由な分、妙に腕力があがっている気がする。 「ぜんぜん重くなんかないって。せっちゃんはネズミ君だから軽いの。」 「…………なんだそれは。」 グッと顔が近づいて、唇が触れ合う寸前で止まった。 「ネズミ君には、鼻じゃなくて、こっちをかじってもらいたいんだけど。」 チョン、とキスをされる。 「あんた、よくそんな恥ずかしい台詞を吐けるな。」 「あれ?刹那は俺のコードネーム、忘れちゃったの?」 「……そうだった。」 こいつは、名前からして恥ずかしい男なのだ。 成層圏の向こうからでもお前のハートを狙い撃ってみせる、と宣言された時は思わずスルーしてしまった記憶がある。 刹那は、自分の下敷きになっている恋人に口づけた。 形の良い下唇を歯で食わえ、あむあむと噛んでいく。 キスを要求したロックオンはと言うと、何もしてこない。 ただ微笑んで見ているだけだ。 その柔らかい表情に、刹那も頬が緩むのを感じた。 「ロック、おめでとう。」 「ん? 何が?」 最近はリハビリで精一杯だからだろうか、すっかり忘れているようだ。 ロックオンはきょとんと瞬いた。 「覚えていないのか?今日は3月3日だ。」 「え?…………ああ、そうか。刹那は覚えてくれていたんだな。」 「当たり前だ。」 再び、今度はロックオンのほうから唇を寄せる。 舌を絡め合い、互いの熱を交換し合う。 「ありがと、刹那。」 「感謝すべきなのは俺のほうだ。あんたが生きていてくれて、本当に嬉しい。ありがとう、ロックオン。」 「……せつ、…な?」 「あんたと、あんたを生んでくれたあんたの両親に感謝したい。」 ずっと思っていたこと。 やっぱり口に出すのは結構恥ずかしかったが、それでも照れを堪えてなんとか言葉にできた。 ロックオンも一瞬驚きをみせたが、すぐに表情を崩した。 今までに見せた中でもとびきり幸せそうな、優しい笑顔だ。 「そうだな。父さんと母さんにも感謝しなきゃだな。そうじゃないと、刹那には出会えなかった。」 二人は額をくっ付けて微笑み合う。 「でもやっぱり、俺は刹那に一番感謝したいな。」 「……なぜだ?」 「だって、コロニーで俺を助けてくれたのは刹那だろ?看病してくれてるのも、世話を焼いてくれてるのもぜーんぶ刹那! 俺が生きていて、今こんなに幸せなのはひとえに刹那のおかげだからな。」 感謝しきれないなぁ と笑う大人に、刹那は再度キスを落とした。 「礼には及ばない。誕生日を祝ってやれるのは恋人の特権だ、と教えてくれたのはあんただ。ちゃんとプレゼントも用意してるからな。」 「本当か?」 楽しみだなー、とロックオンは喜ぶ。 「夜にも別で、お楽しみを用意してある。」 「せ、せつな!?“夜のお楽しみ”って…」 「変なことを想像するな、バカロック。ただのワインだ。」 「……わざわざ買ってきてくれたのか?」 「ああ。もうだいぶ回復してきたから、大丈夫だろう。」 今までは病み上がりだからと、ロックオンは自主的に飲酒を規制していた。 だが、今日は特別な日だ。 久しぶりに羽目を外させてやりたい。 「ほんとに何から何までありがとう、刹那。」 「別に構わない。一年に一度の大切な日なんだろう?」 「そうだな。……はあ、もう俺も25かぁ…。」 「四捨五入すれば30だな。」 「ちょ、刹那!そんなこと言うなよー。まだ若いんだから俺!」 「でも、そろそろ若くなくなるんだから、回復しても無茶はしないでくれ。」 「刹那はシビアだなー。」 苦笑するロックオンに、もう一度刹那は口づけた。 「安心しろ、ロックオン。あんたがヨボヨボになってもずっとそばにいてやる。」 「刹那……。うん、確かに嬉しいんだけどな、おにーさんとしてはいろいろ複雑だな。」 よっこらしょ、とロックオンは刹那を抱え直した。 暖かいベッドの中、二人で幸せな時間を分かち合う。 ごちそうもプレゼントも、すべての準備は万端だ。 今は、多少朝寝坊していても問題はないだろう。 甘い甘い特別な日は、まだ始まったばかりだった。 <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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