2. 推理小説






刹那の作ったアイリッシュシチューは、とても好評だった。

それ以来、ロックオンはドリンク以外のものも少しずつ口にしていった。

もっとも、4ヶ月間空っぽだった胃腸を思い、消化の良いミルク粥や野菜スープがほとんどだったが。




「刹那、やっぱりお前シェフになれるよ。」

「……このくらい、誰でも作れる。それに、あんたのほうが上手だ。」

「いや。刹那には料理の才能あるよ。」


ロックオンはいつも美味しそうに平らげていく。
必ず残さずに食べるものだから、無理をさせないようにと、刹那は少なめに皿によそうようにした。








朝食が終わると必ず、ロックオンはカプセルに入って細胞活性装置による再生治療を受ける。

その間に刹那はベッドのシーツやロックオンのバスローブ、自分の衣類などを洗濯し、家中を掃除し、買い出しに出る。




ロックオンの為に料理をするようになった為、刹那は地元のスーパーに頻繁に行くようになった。

買い物かごには必ずじゃがいもの袋と牛乳が入っていた。














スーパーにはエクシアでは行けないので、中古で購入した中型のバンを運転する。

ある日刹那が運転していると、ふとある店が目に止まった。

端末機の普及と共に今ではあまり見かけなくなった古本屋だ。




紙媒体はかさばるし劣化しやすい。

だが、ロックオンはそんな不便なもので読書するのが好きだった。

目がおかしくなりそうな細かい文字の哲学書から童話の絵本に至るまで、幅広いジャンルの本を所蔵していた。






まだ歩けるほど回復していないロックオンの暇潰しになればと思い、刹那は古本屋に入った。







「…ロックオンの……好きな本………?」

一度読んだことのある本を持ってこられても退屈なだけだろうか…。

だが今人気の新刊などと言われても、ロックオンの読み聞かせ以外で読書したことのない刹那には分からない。





ふと、本棚の片隅に見覚えのあるタイトルを見つけて手に取る。

「……“バスカヴィル家の犬”……」

以前トレミーにいた頃、読み聞かせてくれた推理小説だ。

ロックオンと同郷の最も著名な推理小説家が書いたシリーズの中の一冊。





******


「……実家にはシリーズが全て揃っていたんだ。父さんがシャーロキアンでな。」

「……シャーロキアン?」

「そ。シャーロック・ホームズの熱狂的ファンってこと。」

「……ロックオンも、シャーロキアンなの?」

フェルトがふわふわの髪を揺らしてロックオンを見上げる。

「そうだな…。探偵モノの中ではやっぱりホームズシリーズが一番好きかな…。今はこの一冊しか持ってないけどな。」

ピンク色の髪の毛を長い指で弄ぶ。

当時まだ独占欲を制御出来なかった刹那は、自分も髪を撫でて欲しくてロックオンの肩に頭を擦り付けた。

「俺もシャーロキアンだ!」

「お?刹那もホームズ好きかぁ。仲間だなー。」

ロックオンがこっちを向いてくれたので少し安心する。


「フェルトは?」

「……私、これも好きだけど、先週のルパンのほうが好き。」

「あー。そう言えば、ルブランのルパンシリーズも実家に揃っていたなー。」

「お、俺もルパン好きだ!」

刹那もあわててロックオンの気をひこうとしがみつき、フェルトにクスクスと笑われた。


「そうかそうか。今度地上に降りたら、二人には推理小説を買ってきてやるよ。」

「………本よりはガンプラがいい。」

「本は、ロックオンが読んでくれるほうがいいの。私、お菓子がいい。」

「ハハハ。二人ともゲンキンだなー」

ロックオンは二つの頭を撫でながら慈愛に満ちた眼差しで笑いかける。

片手でしか撫でてもらえないのは幾分物足りなく感じたが、同じ温かさを共有できる2歳下の仲間がいるのは嬉しかった。








フェルトは、そしてトレミーの仲間達は無事だろうか……。

ロックオンが生きている事を早く知らせてやりたい。



だが、今のソレスタルビーイングを統べるのは王留美だ。

東京の隠れ家の取り押さえの件で分かった。彼女は不要とみなした者は容赦なく切り捨てるヤツだということが。

信頼できない相手に、衰弱しきったロックオンのことを連絡する事なんて出来ない。




*****






古本屋にはシャーロック・ホームズシリーズがズラリと並べられていた。

店主の説明によると、正典と呼ばれるものは全て揃っていると言う。

古本の為、価格も手ごろだ。

全巻購入しても食料品を買う金はちゃんと余る。


刹那はシリーズ全巻を段ボール箱に入れてもらい、乗ってきた中古車に積み込んだ。












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